入社後5年目に、グループ内の農場に転職します。
いよいよ農業を始めました。
ワタミには、ワタミファームという直営農場もあるのですが、私が働くことになったのは当麻グリーンライフというワタミグループでありながら契約農場のような位置付けの農場でした。
当麻グリーンライフは、北海道の旭川市から車で30分くらいのところにあります。
大きな組織から小さい組織に変わったこと、飲食業から農業へ変わったこと などいろいろと環境の変化から気づいたことがたくさんありました。
ちなみに農業が始めた時の心境は、
農業ができる!という嬉しさ < 農業の実態はどうなんだろう??という興味
だった気がします。
今思うと、当麻グリーンライフで農業をはじめることができたのは幸運でした。
社長は、若い人にどんどん責任をもたせてくれる人だったので、農業経験がない私も年数を重ねると、ある程度責任のある立場で働かせてもらえることができました。
働いていた頃は気づきませんでしたが、農家が法人経営に変更し、農業経験が無い若者を周年雇用することはとてもリスクの大きなことです。日本の農業に後継者がいない大きな理由だと思います。
今の日本では、後継ぎでなくては、給与を貰いながら農業をすることがなかなかできないので、「農業がしたい」と思うと、独立ありきの就農になってしまっています。そんな中、給与を貰いながら、ある程度任せてもらえるまで働けたことは、農業でも独立を目指す上でとても恵まれたことでした。
仕事ハードでしたが、1年目から10町歩、20町歩と作付けできたことはとても良い経験でした。まぁ、当時はものすごい失敗ばかりや、はじめは車にも乗れなかったので農業機械は壊しまくりと、社長/周りの社員にはとても迷惑かけていましたが、、、。
それにしても北海道で社員約15名、有機農業、面積120町歩ともなると、シーズンが始まれば非常にピリピリしていました。私は主に路地野菜の葉物を担当していましたが、年間の作付け本数は100万本以上にもなります。
農業経験数年でこれだけの数量を扱えることに、感謝しながらも、当時はとにかく結果を出すのに必死で、バタバタともがいてました。4年目は未熟ながらも露地部門を任せてもらっていたのですが、結局、露地部門単体では黒字化は達成できず、、、。
4年間働きましたが、ここでの経験はとても貴重でした。受け入れて、また最後は快く送り出してくれた社長には感謝しかありません。
また、ワタミからはグループ内でありながら大きく文化の違う組織だったのも、当時の自分にはとても多くの気づきがありました。
心残りはありましたが、4年で退社し千葉に移ります。
その頃には独立することは決めていましたが、一旦はワタミの直営農場に移りました。
この辺で。では。